---No.295(2005年4月18日)
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有意義だった「これからの太陽光発電集会」(井口)
4月9日全国各地から40人の参加をいただき、議題は既報の通り発表があり、意見交換など有意義に行われました。太陽電池とLED照明灯・街路灯(三晃産業)、電気自動車(タケオカ)、太陽光発電ローン(労働金庫)、太陽熱温水器などの展示・資料の提供がありました。
太陽光発電の課題(井口)。
太陽光発電事業と家庭用燃料電池の現状と課題〔三洋)。
エネルギーシナリオと新輸送用燃料GTL・水素(昭和シェル)。
ドイツに学べ風力発電(井田)。
核燃料サイクルの見直しを(菅井)。
ウラン残土撤去の行方(石尾)。
一万年もつ木材(澤井)。
地域特性を生かした独立電源の研究を。(谷)
CO2発生ゼロ、原料タダの自然エネルギー発電は、お天気任せなので発電量が不安定なのが宿命的欠点で、こればかりは如何とも致し方ない。設置され始めて間もない風力発電が、先進国ドイツの二十分の一しかないというのに早くも頓挫している。また、太陽光発電も補助事業の終了予告に加え、電力会社から様々な阻害条件が提示され始めている。
風力発電の変動は一日の間に0〜80%まで揺れ、安定電力供給を維持するには火力発電をコンピュータ制御して変動に対処する。太陽光発電が増加した場合でも同様の結果になるであろう。従って電力会社側は厄介者の自然エネルギー利用を拒絶したいのが本心なのだが、世論の趨勢に逆らえず渋々買上をして来た。しかし、風力や太陽光への関心が高まる状勢から、遂に抑制へ走り出したのだ。
ドイツでは欧州環状送電網があるので全体の容量が大きく、風力発電や太陽光発電の変動を吸収しやすいと言う。我が国は電力会社毎に送電網が独立しているので、変動吸収能力が小さく変動をもろに受けてしまう体質なのだ。自然エネルギー利用を推進するには、電力会社間の送電網強化をしなければならず、インフラの整備には膨大な費用が必要になる。東西で50と60に別れているサイクルの問題もある。細長い小さな島国をぶちきりにし、それぞれ独占事業に胡座をかき君臨させてきたツケが国民に廻って来た。
この問題の本質は自然エネルギーの安定化課題である。3月1日ニュース292号で紹介した横浜市金沢区の臨海工業地帯で動き出した「マイクログリッド」計画は、風力・太陽光・下水処理場の汚泥ガス化・燃料電池などを結んで発電量を安定化させる地域独立発電システムである。この計画の推移によって工業地帯、市街地、住宅地、農山村地帯など、地域特性の組み合わせで地域分散型独立電源の可能性が見えてくる。
地域独立発電は住民参加が絶対条件になる。電気料金が必ずしも安くはないかも知れないが、新エネルギー開発費用として強制的に付加された金が、自分の意志に反する方へ流れてゆく現在に比べ、納得出来る費用とし支払う方を我々は好むであろう。
銀行預金もペイオフになった。自己責任で銀行を選ばねばならない時代である。スイッチを捻って電気をつける時、何処の電気を使うか選択する時代の到来を期待する。
大連へ行って感じたこと。(谷)
3泊4日で大連へ行って来た。折しも日本の歴史認識と国連常任理事国参加に反対するデモが、北京や中国南部の都市で暴動化している時であったが、大連では全くその影響は感じられなかった。訪問の目的は三つ。
第一:伯父が戦死した203高地を訪ねる。 第二:昔の仲間が経営するソフト会社を表敬訪問。 第三:私達が里親になっている留学生夫妻の実家を表敬訪問。
203高地は松の木が茂り恐らく昔の面影は無いであろうが、旅順口を見下ろす景観は素晴らしく、攻防戦の要になった事を実感できた。
大連市郊外のソフト会社を集めた団地にある会社では、日本から通信で送られて来るデータを処理し、送り返す仕事をしていた。パソコンは全て日本語仕様で、驚くべきは中国の若い男女が1ヶ月くらいで日本語をマスターするという。若い人達の意欲と勤勉さに溢れる職場であった。
実家のご両親から大歓迎して頂いた。留学生夫妻の可愛い小学生の娘(ご両親の孫になる)がお祖父さんにピタリと寄り添って通訳してくれた。私は知らなかったが祖父さんは大学の歴史学教授であった。私が持っていた伯父の陣中日記に大変な興味を示し、早速全ページコピーを取られ、自著の「日露覇権戦争と中国国難」と題する研究論文を頂いた。我々は日本の側からしか日露戦争を見ていないが、
中国にとって屈辱的な大変な国難であったのだと思い知った。
北京・西安・上海、蘇州、大連と中国訪問は三回目である。今回は旅行会社のツアーではなく1人旅なので、中国の人達と直に接するこ機会を多く持てた。朝市内の広大な労働公園を散歩中に、85才の老人に声をかけられ、20年前日本の企業で働いていたので、日本語は忘れているが、懐かしいと涙ぐみ、何度も何度も握手して別れる一幕もあった。
「中国はヨーロッパに近い」とかねがね思っていたことだが、今回その思いを再確認した。様々な文化が西から東のどん詰まりの日本へ渡来し、独自の発酵をした日本文化は中国とも韓国とも違った物になったのだ。 梅棹忠夫が『日本はアジアではない。現地を見れば直ぐ分かる。東アジア共同体なんて実現不可能。違いを知って仲良くすべきだ』と言っているが、全くその通りだと思った。日中間が危機に際している現在、両者の違いを本当に理解している政府要人が何人居るのだろうか。
SUNRISE1号(谷発電所)2005年3月の実績
SUNRISE1号発電所の
3月の実績