---No.296(2005年5月1日)
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太陽光発電設置数が世界一の座から転落。(谷)
2003年度末における家庭用太陽光発電所設置数は16万世帯で、86万キロワットになった。世界全体では181万キロワットであるから、約半分を占めて世界一の導入量になった。しかし、国庫補助金額が激減し、2006年度には助成制度が廃止される見通しの今日、今年度中にドイツに抜き去られる事が明確になってきた。
我々が幾たびも指摘してきた事であるが、彼我の根本的な差は太陽光発電促進に対する思想の違いにある。 ドイツでは太陽光発電設置の目的は自然エネルギー利用促進であるに対し、日本は太陽電池産業育成にある。 思想の違いは具体的な対策に率直に現れている。
ドイツは設置者の購買意欲を高めるために、20年間で償却出来る価格(約80円/キロワット)を設定し、電力会社に対して買い取りを義務付けた。当時の為政者が『地球温暖化と言う長期の目標に対する政策では、時々の財政状態に左右される補助金制度は採用しない』と言った言葉が未だに耳に残っている。
我が国は命題が地球温暖化にあるにも拘わらず、環境省(当時環境庁)ではなく、経産省が政策担当した。その結果、政策の目的が産業育成と権益の維持に向けられ、官僚の手慣れた補助金制度を採り、余剰電力の買い取りは電力会社の自主とし、売買いの金額は同額(約24円/キロワット)となり、設置者の購買意欲は無視された。が、経産省の思惑通り太陽電池生産量は世界一になった。日本の需要が低迷し、輸出が伸びると、ダンピング問題が沸き起こるであろう。
太陽光発電設置数が世界一でなくても良いが、促進政策に現れた彼我の差は、国民性を如実に現している様に思われる。与えられた命題の根本を見据え、最善の政策を立てる民族と、従来の慣習を踏襲した事なかれ主義の政策で凌ぐ民族の違いが見える。
第2次大戦の戦後処理を巡って未だに隣国との紛争が絶えない原因もこの辺りにあるように思える。道路公団民営化、郵便事業民営化問題、そしてRPS法にも共通項が見え隠れする。
目標の設定は良いが、具体的な方策設定に至ると、時の権力や私利私欲に惑わされ、目標を反れてしまい換骨奪胎に陥る癖があるようだ。『いかに悪い結果につながったとされる事例でも、それが始められた当時まで遡れば、善き意志から発していたのであった』とユリウス・カエサルは言った。
歴史認識について。
谷 直重
日本人の『歴史認識』に不満があるとして韓国、中国で排日機運が高まってきた。中国ではデモが暴動化し、世界の注目を集める結果を招いている。『歴史認識』とは難しい問題提起である。
15年前、親しい人達とシンガポールへ旅をしたときのこと。セントーサ島の蝋人形館で、日本の山下将軍と英国のパーシバル将軍の降伏締結場面の展示を見たとき、同行した当時40才前後のご婦人達は「何をしているのでしょうか?」と全員が怪訝な顔をして私に質問された。私は同行の方々が昭和の戦争を全く知らないのに心底から驚いた。
全員が学校の歴史授業は古代から始まり、卒業前ようやく明治時代に入って時間切れになった。従って現代史は全く習わなかった口を揃えて言う。なぜそうなったのだろうか?当時の大多数の歴史教師、現存すれば80〜90才、の持っていた歴史観は当時風靡していたいわゆる『皇国史観』であったから、敗戦の混乱期に困惑して教育を放棄した結果であろう。
おおよそ1950〜1960(昭和25〜35年)年代に中高教育を受けた人達、現在60才から70才台には『歴史認識』以前の『歴史知識』の一部が欠落している人達が大勢いると見て良いだろう。戦後60年、それらの戦争を知らない世代が政治家や社会を担う地位に就いているが、彼等の『歴史知識』の程度が心配になる。
先ず歴史的事実の知識を持つことが基本である。それをどの様に解釈するかが認識であると思う。解釈は国により時代により違うのが世の習い、絶対的正解などは有り得ないと言う前提に立ち、双方の立場を理解し尊重して認識する以外に方法はない。
私達は歴史に関心が無くても、生活に殆ど不自由を感じることはないが、海外旅行をしたり、外国の人達と接すると、彼我の文化の違いから歴史を感じる場合がある。我が家では数十人に及ぶ留学生のホームステーを引き受けてきた。若い彼等の様々なお国柄に触れ、互いの生活様式の違いを説明し合ったり、時に論争した、して、日本を好きになって貰うべくささやかな努力をした。
グルメや単に物見遊山、果てはヨン様ブームの海外旅行であっても、他国の文化を理解尊重し、相互の歴史的由来に思をめぐらせて欲しい。そうする事によってまっとうな歴史認識が生まれるであろう。